有名人に会える!豊川稲荷東京別院に行くなら節分がおススメ!

節分

節分の日には、各地のお寺で節分会が開かれ、年男や年女、各界の有名人を呼んだ豆まきが行われます。

中でも豊川稲荷東京別院の節分会は、ジャニーズ事務所に所属するタレントや有名芸能人、スポーツ選手などが集まることで知られています。

今年の節分は、有名人が撒いた豆を頂いて、一年の幸運をつかみましょう。

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豊川稲荷東京別院の歴史

豊川稲荷東京別院は、名奉行で有名な大岡越前守忠相が、愛知県の豊川稲荷からダキニ天を勧請し、屋敷稲荷として自邸に祀ったのが起源です。

大岡家では三河時代から豊川稲荷を信仰していたといわれ、越前守忠相の時代に江戸の下屋敷にダキニ天を勧請して祀りました。その後、大岡家の下屋敷が赤坂一ツ木に移ったため、豊川稲荷も移転先の屋敷で祀られました。

江戸時代には稲荷信仰が盛んだったため、大岡家では毎月午の日と22日に門を開放して、一般庶民の参拝を許していたといいます。

その後、文政11年(1828年)に、信徒の要望により豊川稲荷の主である妙巌時が大大岡家の敷地の一部を借り受け、豊川稲荷の江戸参拝所を建立したのが豊川稲荷東京別院の創建とされます。これで、一般庶民も毎日豊川稲荷に参拝できるようになりました。

明治9年(1876年)当時の東京府が、私有地で祀られる社堂への無許可での一般参拝を禁止したため、豊川稲荷東京参拝所も一般参詣が出来なくなりました。大岡家のダキニ天の分霊は、豊川の妙巌寺本院に返還されましたが、2年後東京府から許可が下りて一般参詣が再開されました。

明治20年(1887年)大岡家の屋敷地の一角では手狭になり、新しい堂宇の新築や増築も難しいことなどから、現在の元赤坂一丁目の地に移り今日に至っています。

大岡越前守忠相は、江戸南町奉行として活躍し後に旗本から大名に出世したことでも有名で、それにあやかり江戸の豊川稲荷も、立身出世や盗難除け、失せ物、失踪人などの発見に効果があるとの評判になりました。

また、明治時代以降の赤坂は、芸者など花柳界が発展し芸道のかかわる人の信仰を集めるようになりました。現代もジャニーズ事務所のタレントや芸能人、スポーツ選手の信仰を集めており、そこで、節分にはたくさんの有名芸能人が集まるわけです。

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豊川稲荷東京別院の節分の混雑状況は!?

節分の当日、豊川稲荷東京別院では、午後2時からお練り、厄除祈祷が始まり、午後3時ころから芸能関係者の紹介があります。厄除祈祷は事前に申し込まないと受けられません

お練りでは、有名芸能人が境内を練り歩きます。これが豊川稲荷東京別院の節分会の名物なのです。

参詣客のすぐそばを練り歩きます。写真を撮ったり、芸能人をすぐ近くで直接触れ合えるめったにない機会です。有名人が参加する節分会は、他のお寺でもありますがこれほど近くで触れ合える機会が、他にはありません。

それもあってか、節分当日の豊川稲荷東京別院では1000人以上の参拝客が訪れるといいます。豆まきは午後3時30分ごろからですが、混み合うので早めに着いて準備しておくのがいいでしょう。お練りが始まるのが14時なので、それよりも前、お昼ごろに現場に着いておくと場所取りもスムーズにできます。

豆まきは二階のベランダに並んだ多数の芸能人が撒くのでなかなかの光景です。芸能人が撒く豆を拾えなくても、豆まきの終了後にまた節分用の豆とお餅を無料で配るので、心配は要りません。

周辺には有料駐車場もありますが、収容台数が少ないので電車を利用した方がいいです。

電車でのアクセスは、東京メトロの赤坂見附駅から徒歩5分です。赤坂見附の駅を降り、青山通りを青山方面に向かった左側にあります。

まとめ

節分会に豆まきをするお寺はたくさんありますが、これだけ有名芸能人が集まるお寺は、豊川稲荷東京別院以外にはありません。芸能人が好きな人にとっては、一年の厄払いを兼ねてぜひ節分には参拝したいものです。

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